大神宮下
大神宮の門前町。





船橋の街と次の駅、大神宮下の街は繋がっており、一体となっています。
と言っておいてそう言えるかは微妙。
大神宮下駅の利用客は異様に少ないわけだが、大神宮下付近の街が大神宮下駅からなるものなのか、
まだ船橋駅からなっているものなのかよくわからない…。なので…
大神宮下は駅前に商店街を形成させられるほどの規模の駅なのかどうか…?
船橋の商店街か?大神宮下の商店街か?
大神宮下駅の1日平均乗降客数は船橋中心部にありながらわずか3916人。京成線内64駅中56位…とワースト8位…。
なぜなのか?
ビッグターミナル、船橋に近く、目的地まで行くのにこっちの駅の方が近くとも向こうが利用される場合がある。大神宮下は各駅しか停まらないし…。
船橋の存在感が強すぎて存在感が薄い…。
少ない要因はこういったものか?
こういうような要因からか、ターミナル駅の次の駅というのは案外一際寂れていたりする。
新千葉、東千葉などもそう…。
1駅先なだけ、なのに…隣の駅では想像できない…。
こういうとこはすぐ隣の身近なとこだとはとても思えなく、どこか遠くにいるかのような異様な臨場感を体感できます…。裏世界のよう…
まあ市街地形成に多少は大神宮下駅の影響もあることであろう。
どうあれ隣の駅前と街が一続きになっているというのは大都市ならでは。
かつての船橋の中心地にはこちらの駅の方が近いです…。
なんで歴史が深かったりします。
大神宮下駅はその名から伝わるでしょうが、船橋の街中で最も広大な緑地の広がる船橋の始まりの神社、船橋大神宮の最寄り駅です。
大神宮や漁港へは船橋駅からよりかこちらからの方が近いんです。
船橋市街最奥部のようなここは船橋の玄関その2…のような存在になりえたのに、影を潜めてしまった…。
ちなみに「大神宮」というのは愛称のようです。
あまり知れてませんが、大神宮は実は船橋大神宮ではなく、意富比神社といいます。
それが本名のようだ。名を潜めてる。
意富比神社の読みですが、おほひじんじゃ・おおひじんじゃ・おおいじんじゃ…とあります。
おかしな読み…。
1番一般的な読みは…“おおひじんじゃ”でしょう。
“おほひ”は言えなかったりしそう…。
まあ大神宮じゃないと意富比神社だとほとんど伝わらないんで大神宮は大神宮と言うのが無難だ…。
しかし船橋で最もメジャーな神社の名前を地元の人でもあまり知らないというのは凄い…。
大神宮境内は船橋中心部付近で最も豊かな自然の残された区域でもあります。
公園じゃないんで、そのような一面の影は薄いですが…。
境内には緑が生い茂る砂利道の中、古い木造家屋が点在します。
ビルの建ち並ぶ境外までの船橋市街とは違い、境内に入っただけでそこには江戸時代を連想させるような景観が残っている!
神社なんてそんなものか。でも大神宮はやはり規模が大きい。
境内南(海)よりの方には「灯明台」と呼ばれる灯台があります。
海を照らす灯台です。
灯明台は千葉県の有形民族文化財に指定されており、何気なく知名度が上がっているんで、ご存じという方もいるでしょうか?
灯台というと港にあるようなイメージですが、なんとこんな海辺でもない森の中に存在しています。
これは疑問に思うだろうが…
この灯台が建てられたのは明治時代…。
かつてここは海辺だったのです。
よく千葉街道から南は元々(全く埋め立てられてなかったころ)は海と言われますから…。
千葉街道ならすぐそこ…大神宮は海岸手前であった…。
しかし灯明台の建ってるここが海辺とか今や考えられません…。だから驚き…
この灯明台、もちろん現在は利用されていません…海からは確実に見えないですから…。
一応タワー型?っぽいですが、たった地上3階階建てで、大した高さではなく、
周辺樹木の方が高くて木々に埋もれてる感じなんで、間近までいかないと見えなくて存在がわからない。
今は海どころか同じ境内でもなかなか見つけられないと…。
この灯明台が現役だった時代の大神宮境内の緑はここまで生い茂っていなかったのだろう…。
これでは灯台の光はもろ木に遮られてしまう…。。
海から離れた(海が離れた)上にこんなにも緑が成長して雄大な森となり、姿を隠されてしまうなんて…。
近くまでいかないと見えないから知ってる人が少なくて惜しいが…そんなのも面白いといえば面白い。
灯明台、3階建てですが、1、2階部は和風な木造、3階部は当時モダンな西洋風建築となっています。
なんと日本と西洋が融合している…。
灯台なんで、もちろん上部にライトが付いています。
海を照らすライトというか夜の海で船橋の大神宮の位置を示す明かりの強力なランプのようなものだったみたい。
西洋っぽい外観な3階部内部がランプの場所です。
現在もランプはあります。
やはりこの灯台はデザインが凄い…。
レトロとモダン…全く正反対のものの融合…。噛み合わないがために、とても強い印象を覚える外観だ…。
西洋風のモダンでも、日本のものだと感じられて良かったのでは…。
過去と未来のキマイラのよう…だがこの融合が…「これまでの時代を捨て、これからは新たな明るい時代を作っていく、希望の光に満ちている。
といった雰囲気を醸し出していてカッコいいように思え、案外違和感なくレトロとモダンがマッチしていて、カッコいい建物のようにも見える。
和風も西洋風も現在から見たら同じレトロになってしまうが…やっぱり和風と西洋風は全然違う…。
…輝くランプのあるてっぺんはモダン…モダン部分を支えている下部はレトロ…
船橋のこれからを切り開いたような、未来を見添えていたような、面持ちだ…。
その後西洋風な街並みとはなっていないが、そんな未来を越えたビルなんかが建ち並ぶよりマジな未来の街並みが広がった。
しかし大神宮境内に昔の建物っても、一部だが、木造ではない、文明開化以後的な西洋風建築物があるとは信じがたかった。
しかもこんな特徴的な…
…で大神宮下駅は大通りに面していますが、この駅の面する通りが大神宮下のメイン通り。何気に商店街。
その大神宮下メイン通りの大通りは大神宮参道的通り。
北方面正面に大神宮の鳥居が見えます。
本町通りも参道っぽいんで、この通りは大神宮のサブ参道(南参道)?(表参道〈西参道〉は本町通り?)な気がするが、
案外こっち(南参道)の方が表参道のよう。
境内から本殿までの距離はこちらの南ゲートからの方が長い。
中山といい、稲毛といい、旧八幡といい、参道沿いに駅を作るのは京成ではお決まり。
大神宮の参拝客をなるべくメインの南ゲートから入場させるためにわざわざ路線をうにゃうにゃさせてまでこの位置に駅を作ったのか?
西ゲートが最寄りになってしまわないようにするために…。
JRと一緒の走行を防ぐためなどの理由もありながら…?
ていうか京成本線てあまり意味がない路線なんですよね…。
ずっとJRのそばから離れない…。
京成はJRよりか麻痺しにくいようで、JRが動かない時はJRの代わりに利用できますが…。そのような機会も滅多にない…
所詮JRのサブ路線…。
でも京成はJRと若干離れたとこに駅があったりちょこちょこ駅があり、街の繁栄を支えてる存在…。
JR駅前の京成側はどこも栄えてる…。
ちなみにもし駅を西参道の本町通り沿いにしてたら…大神宮下の方が船橋の中心部の駅という感じになっていた…。
「まさに元中心部」の場所になりますから…。
それならそもそも駅名は大神宮下ではなく、大神宮左か?
それはおかしいんで大神宮前?本町通り?本船橋?
こっちが船橋駅であっちは船橋駅前駅とかでもありか…。でもそれだと誤下車を招きそう…。
どうでもいいか。
一見西がメインゲートっぽいですが、駅の場所はどうしても南ゲート前の方が良かったんでしょう?だからそっちにしたのでしょう?
南ゲート~本殿までのせっかくの道のりを寂れさせたくなかったか…?
西ゲートの方は船橋駅からの最寄りだし、目の前に駅なくても普通に寂れませんね…。
“正式な表参道沿いじゃないとだめ”というこだわりか…?
西ゲート前じゃ船橋駅との駅間が短すぎるからか…?
こっちに決めたことも理解できなくはない。
あとちなみに本町通りも大神宮下メイン通りも大神宮へ向かう通りではありますが、実際「参道」とは言われておりません…。
確実に参道なのは鳥居過ぎて大神宮境内に突入してからだ…。
本町通りや大神宮下メイン通りは「参道延長線上の参道から続く通り」と言うのが正解か…?
「参道的通り」でもいいか…。こういう通り…
ちなみに大神宮下駅は現在は高架駅…ですが、京成線はかつてはこの辺も地上を走っており(もとは京成に高架区間はほとんどなかった)、
大神宮下駅も京成船橋と同じく地上駅で、京成船橋と同じ感じのレトロ駅だった…
が海神駅~船橋競馬場駅間が高架化され、途中の船橋駅、大神宮下駅が高架駅化、2009年に駅舎が完全に開業し、
大神宮下駅は京成船橋駅とともに急にモダン駅となった。そのような駅だ。
変貌を遂げた2駅…。
船橋駅の方は海、空、雲をイメージしたもので、青や白を基調とした外観であったが、大神宮下駅は…大神宮そのものをイメージしたものだ。
鳥居や石段など、石の“グレー”、それに鬱蒼と生い茂る木々の“緑”を基調としている。
大神宮の外観そのままだ…。
今の駅はその駅のある街をイメージしたそこの街の雰囲気を感じられるデザインにしてあって面白い…。
やっぱり駅は街の玄関ですから…。
昔は駅が街の玄関なんて思われていなかったがためにどの駅も同じだったり、街の中心部じゃない変なとこに駅造ったりしたのか…?
駅の位置は長いことそのままじゃ特にもう変えられないんで痛い…と。
でこちらの駅ホームにも船橋駅同様、ドーム屋根が付いていてモダン…
なようだが、良く見るとコンクリートや鉄骨などがむき出しだったり、屋根がトタンだったりで、
これで完成?もう少しボディを張り付けないのか?と思ってしまうような外観で、一緒に生まれ変わった船橋駅の方よりかはしょぼいように見える。
やっぱ隣の駅ながら利用客に24倍wもの差があって、向こうが脚光浴びすぎてこっちはおまけっぽい感じになってしまっているんで、
手を抜いてしまっている…と思うでしょうが、ここは大神宮の神社をイメージした駅…。
大神宮自体がレトロなもの…
この未完成っぽさがレトロ臭を引き立てていて大神宮っぽく、下車した瞬間から大神宮の雰囲気を感じ取れてしまう…。
特にそのままのコンクリート…。それにグリーンの壁がやっぱ大神宮っぽい…。
大神宮の景観そのものをイメージさせると…。
このレトロでイメージの題材に忠実なとこが再現性高くてハイクオリティなんでモダンなのだ。
モダンになってもレトロな大神宮の雰囲気を引き立ててる感じ…。
モダンなのかレトロなのか…モダンだろう?
キレイなとこはキレイ…。
モダンを求めて逆戻りしてしまうのも流行りってもほどほどにしてほしい…。
大神宮下駅は決して手抜きデザインなんかではない…。
これでこそ大神宮の最寄り駅のデザイン…!
でも本当に手抜きってのも多少はあるかもしれない…??
この駅が高架化されたのは船橋から近いがため…。
船橋とは存在価値が違いすぎる…。
船橋の方のデザインはもう見るからに本気って感じ…。
まあ新しくなった大神宮下駅は船橋駅よりかは多少あれだとしても、船橋駅がモダンでキレイすぎるだけ…。
大神宮下駅は普通に見ると十分にモダンだ…。
“主要駅に近い”ということがこのようなモダンな駅舎へと変貌できる良い運命に導いてくれた。
でももとはといえば主要駅に近いからこそ寂れたんでしょうが…。
ともかく古い路線の駅でこの乗降客数で…この駅舎はなかなか。
“恵まれてる”といった印象。実際のとこはそうではないわけだが…。
で船橋市街のこの2駅が21世紀まであんなにも昔ながらで駅舎もないしょぼい駅だったのは、
この2駅を含む路線区間の高架化がなかなか実現しなかったため…だろうか?
高架が完成しないと駅舎も造れないので、高架の完成を待ち続けてたら2009年になってしまった…みたいな。
高架化計画が出たのは都市部だからこその話…。だからその年まであんなしょぼい駅舎だったのも都市部だからこそだ…。
考えてみればそうなります。田舎だから開発が遅れてるとかじゃない。都会だから開発が遅れてた。それにしてもレトロだった…。
高架化に伴い、船橋市街の踏切も消滅しているが、大神宮下メイン通りの大神宮表参道的通りの真ん中にも以前は踏切が存在していた。
大神宮西参道的通りの本町通りにも踏切があり、表参道側、西参道側ともに大神宮鳥居は踏切越しに望めていた。
踏切越しというのは味があったが、高架の下に見える鳥居…というのは味けない…。
高架で見えにくいし…。
今時こんな市街地に踏切がたくさんあったというのは味わい深かった…。はい。
船橋は踏切のたくさんある街だった…。
で、大神宮参道から続く大神宮下メイン通りを南へ直進していくと千葉街道にぶつかります。
がそれでもそのまま直進していくと…視界が開け、運河の船溜まりに出ます。
解放的で気持ちのいい場所だ…。
マンションなどに囲まれていて、街の中にある船だまりなとこが秘密の海って感じで心安らぐ…。
西方面にはここからも海越しに船橋市街が望め、船橋であることが感じられ、不思議な感じ…。
不思議なんだかいかにも船橋らしい景観なんだか…。
本当いい風景。都会の船だまり…という感じ。
船だまりなんかの場所は、広大な海のすぐそばよりか海から少し陸の方に奥まったとこの方が波も穏やかで適している…。
本格的に海へ出るまでには多少の距離はありますが、船の安全性が高いと…。
それでこの水域の真ん中には…橋が架かっています。それが…独特な橋です。
真っ赤に染められている。「赤い橋」…。目につきます。
しかも歩行者のためだけの歩行者専用の橋。
車は通れなくていいんで、橋幅?は狭め…。橋幅が狭く、細いんで長く感じて橋らしさもある…。
この橋が架かっているのは大神宮参道的通りの延長線上。
大神宮参道的通りをとにかくまっすぐ行くとこの橋に来る感じ。
まっすぐ進んでいって、海にぶつかっても道がそのまま続く感じでこの橋が架かっている。
この水域の真ん中に架かるこの独特な真っ赤な細い橋がまたプライベートな一帯といった感じを引き立ててるし、
神に守られた決壊地帯といった雰囲気を生み出している…。
独特な橋がより一層異様なムードを…。
この橋と船だまりと船橋市街の景観がまた非常に良い…。本当港町らしい良い風景。
しかしなぜ赤く染めたのか…?
神社との関わり合いがありそうな雰囲気で印象的な橋だ…。
よりによって大神宮参道からの流れで架かっているんでもしや…!
この船だまりの海底に神が眠っていそうだ…。
赤い橋からともかく北へ直進していくと大神宮へと突き当たる…。
浜町橋は大神宮参道の延長線…。
赤い橋は大神宮へと通じる橋…。
大神宮との関わり合いが…!?
橋の先はかつて埋め立て前は完全に海であったわけだが……
海から赤い橋を渡ってやってきた神が…大神宮へと導かれていきそうな風貌。また考え過ぎか。
神を招き入れる通り道…。
参道の行き着く場所(大神宮本殿)には神が眠っていて神に守られていそうな海…と!?
神は大神宮とこの海を行き来してるかもしれない…。
ちなみに赤い橋は赤い橋と言っていましたが、赤い橋の名前は赤い橋ではなくw、「浜町橋」といいます。
赤い浜町橋を渡ったちょっと先で京葉道路に突き当たります。
京葉道路を潜ると、そこは「浜町商店会」です。
ここはかなり独特な商店街…。
正面にららぽーとが見えます。
浜町商店会を抜けるとすぐにららぽーとです。
そしてららぽーと付近一帯は娯楽施設の集まる船橋の注目のウォーターフロントの街、南船橋エリアです。
少し奥には京葉線の南船橋駅があります。
船橋中心部は埋め立てで海岸から離れてウォーターフロントではなくなった…。
船橋のウォーターフロントの街はここへと移動している…。
南船橋エリアは全域埋め立て地で、そのような場所自体もとは存在していなかった…。
…南船橋エリアに関してはここでは触れません…。
ここは“船橋”のページですから…。
南船橋も船橋、大神宮下の街と一続きになっている…。
南船橋も船橋の1エリアとしてしまっても良さそうですが、やっぱイメージ的に南船橋周辺と船橋周辺というと別な感じだし、
船橋市街の範囲が広大すぎになってしまうんで、別の街扱いで…。
この感じだと南船橋も南船橋の街ではなく、船橋の街と言ってもそれはおかしくない。船橋の埋立地だし…。
船橋市街~南船橋へのルートで最も良いのはこの大神宮下→浜町橋→浜町商店会と行くルート…。
他には御蔵稲荷神社参道的通りをとにかく進んでいって橋を渡ったあともう一度左の水門の橋を渡るルートも良い…。2度海を越える…
海老川沿いの道をとにかく南下していくのも良いか…。
いずれのルートでも海を感じられる…。
海を越えるていくことが多いので、南船橋はリゾートアイランドのようだ…。
南船橋からは海越しに船橋市街が望めるし…。w
やっぱり別の街扱いにしないかもしれない。
まだです。
話がかなり戻ります…
大神宮下メイン通り(大神宮参道的通り)は、大神宮南ゲートに突き当たった三股路のとこで終点のようにも見えますが、
実際、大神宮を西へ反れてそのままずっと北へ伸びています。
南ゲート先もJR高架直前のとこまでよく見るとずっと商店街です。
南ゲートの先からは参道的通りではないんで大神宮下メイン通りと呼びます。
大神宮沿いを通るこの通りの商店街は船橋市街の他の大通りの商店街とは何か一味違う…。
14階建てマンションなど大きな建物はそれほどなく、低層ビルの並ぶ商店街となっている…。
大神宮下駅のあたりからJR高架のあたりまでずっとそんな感じな商店街…。
空撮などで見るとこの通り沿いも市街地の一角で店が並んでいるとはわからない…。
船橋側から来ると…大神宮南ゲート前のとこは、二股に分かれてる感じに見えるようになっていて…大神宮下方面は右(直進?)ですが…
左側の方の通りも、直進…と言えるっちゃ言える。
どちらの通りも同じ通りと交わる通りと言える。
なだけあってか…左側の通りの方も発展しています。いい感じの商店街。
というか、かつてはこっちの左側の通りしかなく、左側の方が直進(正規)ルートだったようだ…。
実は左側の方のそっちは、元千葉街道の道なんです。
ずっと行くと現在の千葉街道と合流しますね…。
発展してる理由が何となく分かった…。主要な通りだったからってのも?
しかし駅からこれほど離れているのにこのエリアが何気に街なのは船橋駅がなく、街の中心が大神宮であったころの名残りか…?
となるとやっぱより昔から栄えていた門前町エリアか…。
こんなにも駅から離れてるんでもはや「大神宮があるから発展してる」という感じ。



◆大神宮下駅 ホーム◆
大神宮下駅のホーム。
ご覧の通り、新しいので、モダンっぽくもあり、大神宮を連想させ、レトロっぽくもある。
◆大神宮下駅 コンコース◆
コンコース。
こちらも完全に大神宮イメージであることが分かる。
鬱蒼と茂る木々の緑…それに石…。
↓の実際の大神宮境内の写真と見比べてみてください…。
◆大神宮下駅 コンコース◆
モダン。緑の駅。
◆大神宮下駅前◆
駅を出たとこ。
京成船橋のように、目の前がいきなり大通り…ではなく、僅かに間があり、
高架下を少し歩いたとこがメインの大通り。
なぜこうしたのか? おかげでその“間”のあいだ?が微妙に発展している。
◆大神宮表参道的通り(大神宮下メイン通り)◆
高架の左側が大神宮下駅。
商店が密集しています。
◆大神宮表参道的通り(大神宮下メイン通り)◆
正面に大神宮の鳥居が半分見えている。
◆大神宮前を通る通り(大神宮下メイン通り)◆
大神宮西ゲート(本町通り入り口)前交差点近くから北側を眺めた景観。
この通りは大神宮下メイン通りの延長線とも言える。
何気なく商店街。
◆大神宮前を通る通り(大神宮下メイン通り)◆
イチョウ並木となっている。
◆大神宮前を通る通り(大神宮下メイン通り)◆
高さ規制でもあるかのような街並み。
◆大神宮前を通る通り(大神宮下メイン通り)◆
歩道側をよく見るとこんな感じ。
◆大神宮に入る小路◆
大神宮下メイン通りから大神宮境内に入れる場所が密かにこんなことろにもあります。
正面に鳥居が見える。
ここの境内入り口にも鳥居が設置されています。
小さい入り口なだけに、鳥居も小さい。
ほんとに短い通りですが、この通りに面して店が並んでいます。
非常に味のある一角です。
大神宮の影響を受けて商店街?になったに違いない。
ここに気付く人はあまりいないことだろう…。
実は少し前まで右の車が止まってる場所とその向かい側に、凄く古い木造家屋の商店があった。
解体されてしまって非常に残念だ。
凄い風情があった…
神社に通じる小道…という感じで。
あと少し早く撮影していれば……
◆大神宮南側の通り◆
大神宮南ゲート前のT字路を東へ行った通り。
この通りもやけに栄えている。
完全に商店街になっていて、店のテントが色鮮やか。
左のサビついた古い建物はなんなのか?
◆大神宮南側の通り◆
だいぶ奥へ進んだとこ。
何かこの通りが旧千葉街道だったとか。
何というか昔の千葉街道は現船橋競馬場駅手前の場所から右側へ続いていた。
そこから直進していく道はなかった。
というかそのまま直進するとこの道だった。
右側の道がこの道ですね。
当時は千葉街道ではなく、下総街道や房総循環などと呼ばれていた模様。
主要な通りだった通りなんで、その余韻で栄えてるんでしょうか?
いろいろ歴史があり、理由がある…。
◆大神宮境内◆
江戸時代の街を連想させる…。
正面が本殿。
◆大神宮境内◆
時代劇に使えそうな場所だ。
大神宮あっての船橋ですから。さすがな神社。
◆大神宮境内◆
境内。ここだけ別の時代の異空間のような雰囲気が…。
◆大神宮境内◆
倉庫か?
景観を損ねないよう配慮されてデザインされてる感じ…。
◆大神宮境内◆
出口(鳥居)の向こうに現実が…て感じ。
鳥居はタイムトンネルのよう…。
向こうは大神宮下駅方面。境内と市街地のコラボ。
◆大神宮から望む本町通り◆
大神宮の鳥居越しに望む本町通り。
本町通りのちょうど真正面に見えるように設置されていることがわかるでしょう。
本当、大神宮の門前町という感じがする…。
長年本町通りの変貌を見つめてきた大神宮…
◆船だまり◆
大神宮下メイン通りを、南へまっすぐ行ったとこにある船だまり。
細長い赤い橋が架かっています…。
ビルの建ち並んでる側が大神宮下駅の方。
◆船橋橋◆
千葉街道の海老川を渡る橋「船橋橋」から見た本町通りのマンション郡。
この橋にはかっぱのモニュメントが。
船橋ではなく、船橋橋。



ストリートビュー : 大神宮下のメイン通り
とにかくまっすぐ進んでいくと赤い橋が見えてきてに出ます。

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