平成初期の船橋

平成初期(1990年代前半)頃の船橋市街の街並みを3DCGで再現してみた。
自分の知る最古の時期。
あのころの街。
自分にとって最も懐かしさを感じられる時期であり、最も賑やかな街並みだった時期でもあった。。
ある意味船橋の最盛期はこのころ。
ちなみにまだ少ししかできていません。。
とりあえずJR駅前だけある程度できたので公開。
再開発前の街並み、看板だらけだった街並みに注目。
駅前の方から徐々に制作していくつもり。
今とはかなり違う街並みであった本町通り、御殿通りを早く作り込みたい…。
検索で出てきたこの付近の古い写真を寄せ集め、いくつもの写真を照らし合わせながら制作しております。
改めて検索してみたら見たことがなかったこの当時の船橋の写真が予想以上に次々と出てきて、当時の街並みがかなりわかった。
かなりの再現度にできている。
でももちろんのこと、わからないポイントもあるので、この当時のこの付近の写真を持っているという方、写真画像を提供してくれるとありがたい。
80~90年代の写真なら制作上、何かと参考になる。
ここはこうではない。みたいな情報をくれるだけでも良い。
いずれ昭和30年代半ば、昭和40年代後半の船橋も作りたいと思っている。そのころの街並みもまた違った良さがある。
ちなみにこの場所の最近の景色はここ→駅前通りで見れる。



◆JR船橋駅ホーム◆
この光景…これは、、ここで下車したくなる。早くこの地に足を踏み入れたい。
駅から見える風景は今より明らかに都会的であった。
今は駅前の風景が一変しているので…この風景は何か凄く新鮮。
駅のホームは今と特に変わりないので、何か不思議な光景のようでもある。
◆JR船橋駅ホーム◆
奥に見える大丸の看板(丸の中に大と書かれている看板)はかなり高い場所にあり、
あちこちから見えたのだと思われる。(なのに筆者はこの看板、見た記憶すらないw)
大丸があったということも知らなかった。
まあ当時の時点で大丸は単なるテナントビルのような状態になっており、
百貨店では(もはやほぼ大丸では)なくなっていた模様。
モリウチビルのてっぺんのY円ショップ武富士の大きな看板は2011~2013年ごろに撤去された。
◆JR船橋駅ホーム◆
ホームの大部分は間に合わせでとりあえず作った感じなので少し作りが雑。
当時ロフトはなかった。(西武別館だった)
◆JR船橋駅ホーム◆
この場所から西武の横を行き交う人々(人ゴミ)を頭上から眺められた。
当時は京成への乗り換え専用通路がなかったため、
人通りが今以上に激しく、凄まじい光景であった。。
駅前通りもそこと引け目をとらない。特に踏切が開放された時の凄まじさといったら…
◆南口ロータリー◆
駅南口を出た。
まず目に飛び込んでくるのはこの風景。
駅の真向かいにビルが建ち並んでいた。。(今は再開発ですべて取り壊されている)
ファーストキッチン、パチンコオリンパス、中央信託銀行、三和銀行がある…。
駅目の前に船橋オートと船橋競馬場の看板なんかも設置されていた。
ここでオートレースや競馬の開催日程を確認できた模様。
なぜかここにどデカいそごうの看板もあった。
この上なく人目につくいい場所なのをいいことに、何か色々な看板が設置されていた。
右の茶色いビルの上の高い煙突のようなものは何なのか?
もっと昔はこの煙突?のあたりにも何か大きな看板が設置されていたみたい。
駅前の風景がこんなだったなぞ、もはや想像もつかないでしょう。
でも確かにこのような風景であった。
平井?小岩?とか思ってしまう。船橋とは思えない。
◆南口駅前広場◆
←船橋駅。
この駅名の文字や茶色い軒?の色が今とは違う。
その辺は2012年ごろ?に一新された。
この頃は今以上にパチンコ店が多かった。
一等地にあるパチンコ総武センター(SOBUと書かれているところ)は見覚えある。
その2件はパチンコ・ザ・スーパー…。
雑然とした街並みに紛れてあまりわからなかったが、よく見ると物凄くネオンが派手。
パチンコザスーパー(の場所のパチンコ店?)は
この当時から現在までに5度くらい外装や店名を変えている。
総武センターは2度。
パチンコ店の合間のミネ薬局は2012年、その上のグランカフェは2007年あたりに閉店した。
その上には街頭ビジョンがあった。ニュースが流れたりしていた模様。
総武センターの前の同じ場所にあったパチンコ店
(92年の写真に写っている)も外装が何か凄い。
大きな鳥の模型が建物に張り付いている。。
夜はそれがライトアップされていたと見られる。
93年にはこちらの外装になっている。
◆南口ロータリー◆
何か凄そうなチーズベーコンエッグバーガー?はファーストキッチンの目玉商品?
→奥に見えるのは西武百貨店。
しかしこれ、写真と間違える人いそう。(CGです)
こんな良い出来栄えにできるとは…と、自分で驚いているw
←のバス停の屋根だが、なぜか屋根が歩道と逆向きになっている。
なぜそちらの向きにしたのか?おかしい気がして何か気になっている。
あと作る際によく見てみて気がついたのだが…
バス停の屋根というのは、日本中だいたいこれと同じ。。塗装の色が違ったりはする。
バス停の屋根のほか、この画像にも写っているガードレールや、ポールコーンもそう。
日本中同じものが使われている。
◆駅前通り◆
駅前通り入口。ここからアーケードがあった。
このころは常時街灯に商店街花飾りが飾られていた。
花飾りは季節に応じて替えていた模様。
当時山口横丁、仲通りの街灯にも花飾りがあった。
今は御殿通りだけ。
この通りのこの街灯本体は2015年に全撤去され
(このJR-京成間が撤去されたのは2003年頃)、別のものに取り替えられた。
もう見ることはできない。
入口の街灯は豪華なデザイン。(本町通り側もそう)景観に配慮していて良い。
歩道の柵?も今とは違う。
この少し後(95年頃?)に
今の街灯デザインとの統一性がある少しシャレた茶色い柵に取り替えられた模様。
この白い柵は津田沼北口に同じものが今もある。。
◆駅前通り◆
このパチンコ店と栄華光のすきまの路地の入口に、
このようないくつもの店の看板の張り付いたゲートが立っていた。
全てこの路地内にある店の看板か?
これは、、この路地に入ってみたくなる。
昭和40年代、このゲートはカマボコ型だった。
◆駅前通りと山口横丁を結ぶ一本目の通り◆
現在もそうですが、ここは赤っぽい石畳舗装がされている。
北側には煉瓦の塀があった。
塀にも看板が貼り付けられていた。
あちこち何か薄汚い。
そしてここにもパチンコ店。パチンコ エイト。
グランドエイト、アレンジエイト、エイトはほぼ隣り合っているが、全部別々のパチンコ店?
これはややこしかった。
◆駅前通り◆
駅前通り、歩道上の風景。
栄華光~パチンコグランドエイトの前にアーケードがあった。
ここのアーケードは再開発後(2003年頃)に撤去された。
アーケードにはいくつもの派手な看板が張り付いていた。
この↑のアーケード入口の看板に載っている店は全部、
←の路地を入ったところにある白馬車ビルに入居している店舗だということがわかった。
今、白馬車ビルの店舗は総入れ替え?されていて、もうこのころにあった店
(レーザーカラオケ 白馬車、パチスロ アレンジエイト、日本料理 車屋)は存在しない。
船橋国際映画劇場…このころはまだ営業していた?
山喜書房は2007年ごろに閉店した。
その後跡地は不動産屋、ケータイ屋、ラーメン屋、寿司屋…と頻繁に店が変わり、
なかなか定着しない。
栄華光などが入るこの古い建物(昭和30年代の時点ですでにあった?)は
アーケードがなくなったこと以外今と変わらないか…と思いきや、
よく比較して見たらこの建物も建物の外壁が張り替えられている。
確かに今の外壁はデザインが古いながらも真新しい感じ。
外壁の栄華光の文字は以前と同じ感じだが、
パチンコグランドエイトの外壁の看板はかなり変わっている。
◆駅前通り◆
少し進んで振り返ったところ。
パチンコ店の派手で楽しそうな看板、今は少なくなってきている。。
奥に見えるのはシャポーの入口。
この当時、シャポーのあのマスコットキャラは存在しなかった?
◆駅前通り◆
グランドエイトの前から横断歩道が伸びていた。
今はこの横断歩道はもう少しときわ書房寄りの方に移されている。
グランドエイトの正面はロータリー…
以前はこの正面もまだ歩道だったのだ…とそう思うとロータリーが広がったのだと実感できる。
これは…今とは信じられないほど異なる風景。
ビルの合間の狭いすきまに細いビルが3つも建っていた。。
松屋の入るビルには松屋のほかにも5つ?ほどのテナントが入っていたようだが、
そのほかのテナントは不明。
この当時はロータリーが狭く、駅前通りが少し長かった。
ところで信号機がないが、実際にはあった。後に作る。
◆駅前の公園◆
この場所が一時公園になっていた。
ここは記憶にある。
というか記憶になければここが公園だということはわからなかった。
ここが写っている写真は見つからないので…。
賑やかなこの立地に公園というのはかなり歪。
↑の世界で一番飲まれている焼酎「JINRO」とやらの大きな看板は駅ホームからも目につく。
◆駅前通り◆
賑やかな街並みであった。
この←側の建物は再開発で全て取り壊された。
再開発前を知らない人からしたら非常に新鮮な景色でしょう。
見ての通り、現Face(再開発ビル)の場所にはファーストキッチン、パチンコオリンパス、
三和銀行、中央信託銀行、松屋、富士銀行、田中薬局?パチンコマルホン?
家具直産?ラオックス、おでん種丸六、おふくろなどなどがあった。
→側の建物は古民家のような建物を除き全て現在もそのまま。
でも建物自体は建て替わっていないのだが、ほとんどの建物は外装が変わっている。
ほとんど店が変わっているので、それに伴って外装が変わったという感じ。
再開発がなければ←の建物群も現在もだいたいはそのままだったことだろう。
正面の突き当たりにJR船橋駅が見える。
その後ろに東武百貨店が見える。
TOBUの大きな看板の前にViVのロゴが貼り付けられていた。
よく見かけるロゴであった。
ViV(ビブ)は東武百貨店内にあった専門店街。
絵文字ではありません。
ViV←当時はこれ、英語の文字だと思っていなかった。。
◆駅前通り◆
富士銀行のビルは道路から少し引っ込んでおり、
道路とビルとの合間の少しのスペースに小さなビルが建っていた。
何でしょう?よく見るとこれ、何か常識外の建築です。
富士銀行のビル本体と小さなビルは繋がっていません。独立しています。
小さなビルは後から増築する形で建てた?
いやでもアーケードに密着しているし、特にそこだけ新しいという感じでもない…。?
しかし富士銀行の富士山のロゴももう見ることはない。
◆駅前通り◆
おでん蒲鉾の丸六前。
ここまではまだ作り込んでいない。
◆駅前通り◆
アーケードがかなり途切れなく続いていた京成線の先ですが、
この付近のビルはこのようにまだ形しか作っていない。
◆駅前通り◆
戻る。
ときわ書房の建物はよく見るとメルヘンチックで特徴的。
昔から見ていて見慣れていたので気がつかなかった。。
まだまともに作っていないが、2件隣の不二家レストランの建物も当時メルヘンチックだった。
→東京三菱銀行は現三菱東京UFJ銀行。
ちなみに三和銀行も現三菱東京UFJ銀行。
中央信託銀行は現三井住友信託銀行。
富士銀行は現みずほ銀行。
当時の三和銀行と富士銀行は実は再開発ビル内に今も存在していると。
中央信託銀行ならぬ三井住友信託銀行と、
三和銀行ならぬ三菱東京UFJ銀行は場所もこの当時あった場所とだいたい同じ。
(かつてあった場所に限りなく近い場所)
オリンパスもそうだし、実はこの当時の面影が完全になくなったわけではない。
(…ということに今、気がついた)
◆駅前通り◆
←富士銀行。
歩道の車道側には自転車が並んでいた。
街灯にはよく見ると「船橋駅前商店会」と書かれたプレートが貼られている。
←の再開発区域内のビル群が解体されたのは2000年ごろだが、
再開発が着手される寸前ともなると、
かなりの店が撤退していて空の状態になっているビルも多かった。
この時期は再開発区域内の建物が皆現役で機能していた最後の時期でもある…。
◆駅前通り◆
松屋←の前にはアーケードがあった。
ここのアーケードはアーケードの接する←のビルが解体される
数年前の時点でなぜか撤去されていた。
この松屋は昭和40年代にスクランブル交差点角に存在したデパートの松屋とは無関係。
牛丼チェーンの松屋。
この松屋?は少し京成駅寄りに移動した。
今は再開発ビル内のおでん丸六のあった場所で営業している。
◆駅前通り◆
駅から見えるのをいいことに、ときわ書房の上にも街頭ビジョンのようなものがあった。
あらゆる年代、性別の人達が映っている。
人は皆違う。仲良くしよう。みたいな…何か?
◆南口ロータリー沿い◆
南口ロータリー沿いへ。
パチンコオリンパスの前にはアーケードがあった。
この先行き止まっているのをいいことに、歩道は駐輪場状態。
これらの自転車のオブジェクトが重くてソフトがまともに動かなくなり、大変だった。。
多少形が崩れることを妥協してポリゴン数を減らし、
自転車1つ1つを5分の1程度のサイズにしたらなんとかマシになった…。
それでもこれのせいでレンダリング時間が数倍延びている。
◆南口ロータリー沿い◆
ここにパール地下街の入口が。。
パール地下街という地下街があった。
地下も商店街。
今のFace-シャポー-西武間地下道や駐輪場がその跡地とのことですが…
その地下のどのあたりがどう商店街になっていたのかは不明。記憶にもない。
ちなみにロータリーの向かい側で歩道があるのはこの付近のみ。
この少し先で歩道が途切れていた。。
ロータリー沿いを歩ける場所がなくなるわけですが、その地点に脇に入る細い裏道があった。
そこを通って一応西武の方へ抜けられた。
でもこう歩道が途切れていたため、
ロータリーのこちら側は当時から駅側とは一転して人通りが少なかったものと思われる。
中央信託銀行といえば…そこのマスコットキャラを思い出す。
◆南口ロータリー沿い◆
→パチンコオリンパス。
再開発ビル内の限りなく同じ場所に近い場所でこのパチンコ店はいまだ営業している。
再開発中の時はパチンコグランドエイトの隣
(この当時の公園の場所)に建てられた仮店舗で営業していた。
…ここが船橋の表玄関。再開発が行われる2001年ごろまで、こんなだった。。
このまま放っておくわけはない。でもこのままでもある意味面白みがあって良かった…。
◆JR船橋駅◆
船橋駅外観。
背後に東武百貨店の建物がそびえ建っている。
高架下はシャポー。
て今も同様に言えることを言ったってしょうがない。。
◆船橋駅前交番◆
駅前広場にはこんな交番もあった。
見覚えがあるようなないような。
この交番は再開発に伴う駅前広場再整備時に解体された。
今はこの交番にあたる交番は新たに作られたデッキの下にあり、
丸いガラス張りの外観になっている。
真後ろの建物は駅と一体化していたシャポー味の街ビル。
◆南口前◆
味の街ビルの前(東側)。
ビルに面してアーケードのようなものがあった。
その下がこのように商店街のような見栄え?になっていた。
→味の街ビル内に入っている店の看板があるが、
それらの店は→エレベーターを上がったところにあると思われる。
このビルに入ったことはなかったので中がどんなかは知らない。
真後ろは船橋駅構内。
駅構内との一体感もあった。
しかしJR-京成間の大量の乗り換え客が絶え間なくこの場所を行き交うことになろうとは…
この当時は思ってもいなかった。
味の街ビルは2013年に解体された。
まだこの風景は記憶に新しい。
昭和を感じるビルであった。
◆南口前◆
ロータリー側から眺めた感じ。
ここからもパール地下街へ行けた。
パール地下街の地下道はこのころからシャポー、西武と繋がっていたのだろうか?
◆南口ロータリー◆
味の街ビルのアーケードを抜けたところ。
ロータリー西武側歩道はオレンジ色のブロックで舗装されていた。
肝心な繁華街側(西側)は単なるアスファルト。
こちら側の方が整備が行き届いているというのはどういうわけだったのか?
駅構内に西武側へ抜けられる通り道があったからか、この一帯は人通りが少なかった。
そんなここも駐輪場状態。
三和銀行のクローバーのロゴも今や過去のもの。もう見かけることはない。
◆南口ロータリー◆
ここに市のキャッチフレーズ?の書かれた3面看板があった。
…実際こう書かれていたわけではない。
明るい…までしかわからなかったので、そのあとに続く言葉は適当にした。。
◆南口ロータリー◆
西武の前から眺めるロータリーの景色はこんなだった。
この角に緑地帯があった。
味の街ビルは横に長い。
→のビルには電光看板を見た感じ、
三和銀行以外にもいくつものテナントが入っていたようだが…
ほかのテナントは不明。なので看板のスペース?はほとんど白紙。
◆駅シャポー口前◆
味の街ビルの西側(シャポー口側)にもアーケードがあった。
こちら側のアーケードの下もこのように商店街のような見栄え?になっていた。
真後ろは船橋駅とシャポーの入口。
こちら側も同様に駅との一体感があった。
→西武
◆西武前◆
←は西武百貨店。
西武百貨店の建物はよく見ると豪華。
西武1,2階部にある生け垣は今はなくなっている。
この建物は昭和42年に建てられたものだが、
これほどの巨大な建物となるとそう簡単には解体できないので、
まだ解体される心配はないかと。
正面の突き当たりは船橋駅シャポー口。
その↑は駅ホーム。
◆西武前◆
←人通りの激しい横断歩道。
当時は今以上に猛烈に人通りが激しかった。
通行人や車も配置する…かもしれない。
↑のちば興銀(千葉興行銀行)の看板は今は撤去されている。
閉店したわけではない。なぜ撤去したのか??
よく見たらそこにこの看板が取り付けられていた跡が残っていた。
◆西武2階◆
西武2階の外廊下。
かなりいい感じの場所ですが、この場所の存在はあまり知れていない。
いずれFace前のデッキが味の街ビル跡にできるビル経由でこの場所と接続されるようなので、
そうなるとここは活気づくと思われる。その時は2019年ごろか。
さらにいずれ(何十年後か)はA1街区の再開発ビルともデッキで接続される。
◆換気塔◆
これが気になっていた方、いるでしょうか?
ロータリーの真ん中に、こんなアーテティックな通気口があった。
西武2階部から眺めてみた。
パール地下街の通気口と思われる。(調べてみたところ、このようなものは換気塔という模様)
大中小の3つの建造物からなっている…。
どいう形になっているのか把握するのに苦労した。。
もうないので見に行くこともできないわけ。
これも再開発に伴う駅前広場再整備時に解体された。
昔は街並みを意識して見たこと?がなかったが、これはかなり見覚えある。
よって懐かしさを感じる…。
今もこの換気塔があった付近に大きな2つの換気塔があるが、
残念ながらシンプルで特に印象的なデザインではない。
◆西武屋上◆
作っていないが、この屋上にはいくつものシツジの模型?があったのが印象的。
…過去系ではなかった。まだある模様。
ちなみにここもかつて遊園地だったとのことだが、そのころは知らない。
東武の屋上がすぐそこに見える。
左上の西武の看板は→の東武の看板などと同様に船橋のシンボル的なものだったのだが…
(高層ビルがなかったこの当時は特に)2006年?ごろになぜか突然撤去されてしまった。。
東武の看板も今はロゴのネオンサインが点灯しなくなり、夜は見えない。
◆西武屋上◆
西武屋上から見た南口の風景。
ここからは都会的な景色を望める。
ここから撮った(と思われる)写真、よく見かける…。
◆東武屋上◆
東武の屋上遊園地。
まだ作っていないので一面何もないが、ここに様々な乗り物があった。
奥の屋内がゲームセンター。
←がペットショップ。
東武の看板が間近に見える。
→から船橋市街が望めた。
北側は壁があるので、ここから北口側の景色を見ることはできなかった。
今のスカイガーデンでは北口側も望めると思われる。
ちなみにこの場所は東武の7階。ずっと8階だと思っていたが、
これを作るにあたって昔の写真をよく見ていたら…
8階ではなく、7階だったということに気がついた。。
7階の一角が屋根のない屋外?になっていて、そこが遊園地になっていた感じ。
この遊園地だった屋外の場所はもう存在していません。
現在はここを潰し、7階の屋内部分が広げられている。
もう7階に屋外はない。
建物で全域埋められた感じ。
そして8階部分の面積?もかなり広げられている。当時、8階はほんの少ししかなかった。
現在の8階屋上は当時行けなかった部分と当時は存在しなかった地盤からなっている。
今の屋上は完全に平面で、屋上7階部があったなんてことはとても想像できない。
いつのまに、こんな大規模な増築を行ったのか?
全然知らなかった。。
この事実を今更知り、ただただ驚き。
東武7,8階は遊園地閉鎖後は1度も行っていないので、本当に知らなかった。
◆東武屋上◆
ゲームセンターのあたりから眺めた景色。
すぐそこが西武。
◆東武屋上◆
東武の屋上から望む南口の風景。
こんな景色が見える遊園地だった。。
真下↓は船橋駅ホーム。
ここからビル街が見えていた記憶はあるのだが、当時はそれをなんとも思っていなかったので、
具体的にこんな景色だったとかは…全然覚えていない。
意識して見ていないと…そんなもん。子供だったから…というのもあるのか?
しかしこれ、実物のジオラマみたいに見える。。なんとキレイなCG。
◆市街地遠景◆
最後に上空からのショット。
東武、西武の建物がまるで大怪物に見えるかのごとくデカい。
このころはFace、プラウドタワーなどの
更なる巨大な建物が存在しなかったからか、増して大きく見える…。
ちゃんと地図上に建物を配置していっており、大きさなども非常に正確に作れているわけです。
つまり実際に、こうなんです。何も間違ってはいない。


平成初期の船橋:散策動画

試しにここを散策する動画も作ってみた。
↑をクリックすると動画をダウンロードできるページに飛びます。
ファイル形式はMP4。(zipで圧縮されています)
レンダリングに3日かかった。。
駅からスタートし、2分間で現段階の形あるところ?を1週して駅に戻ります。
いずれキーボード操作でカメラを動かし、誰でも自由に散策できるようにする予定。
それが案外簡単にできそう。


テクノステーショントップ > 首都圏 街詳細 > 平成初期の船橋  1つ戻る