★  素粒子  ★



万物を構成し、全てのものの材料である。
また物質の 最小単位であり、我々がよく知るものとは別の物理法則のもとで動く…
素粒子に関して。

まず生物が発見して良い最小のものは原子。
原子未満の微小なもの(物質の最小単位のもの即ち素粒子)は、もともとは生物達の作者(クリーチャー)から、見ること知ることを許されていない。
それはなぜか?
まず素粒子は、万物(物)を形作っているだけでない。
力を伝えるものも素粒子であれば、時空も素粒子である。
即ち素粒子は現象なども形作っている。
即ちこの世の全ては素粒子である。
そしてその全ての素粒子は「同じもの」である。
素粒子の振動パターンに応じ、「種類」の概念ができ、様々なもので溢れる(ように見える)世ができているだけであり、物としては全て同じ。
共通するものであり、結び付きがある。
全ての素粒子は結び付いている。
即ち理論上、素粒子を上手く操ることでこの世の全てを動かせる!
生物の体(肉体や心)を構成する素粒子も、当然この世の全てと同じものであり、全てと結び付きがあるわけだ。
即ち、心(意識)により全てを動かすこともできる。

かつて、最初に生まれた神(ゴッド・ワン)は、意識により(意識の素粒子を根本として)万物、現象(森羅万象)を生み出し、その構成を整えた。
我々の知る生物達に与えられた意識は、同じ意識とあり、それと同類のものになる。
神のようになことができるのはある意味当然である。
ただし、生物の知力では到底、意識を使いこなしきることはできない。
そのため残念ながら通常、生物はどう意識をしても何もできない。この世は微動だにしないことが幾度。
意識でこの世を自在に操ることができるようになるためには、「神と同等の知力、知識」を得ることが必要。

即ち生物は自然体なら素粒子で世を操ることができない。
だが、何かの手段を使い、いずれできてしまう可能性は否めない。
即ち知的生物にこういったことを暴かれてしまうと、危険。
ある程度でもそれができてしまうと、その生物にこの世の現状を変えられてしまい、全てが崩壊を繰り返すようなことになり兼ねない。
それを応用し生物にこの世を支配され兼ない。
即ち本来、生物は素粒子に気づいてはいけない。
素粒子を知るということは、この世のもととなっているものを知るに等しい。
例えると、アプリの利用者がそのアプリの作者の書いたアプリのプログラムソースを見つけそれを書き換えることでアプリを改造できることを知ってしまう感じ。
20世紀、生物(人間)はそれを発見してしまった。
秘密を知ってしまったと言える。
素粒子をいじることは、「デバックモードにアクセスして何かすること」、あるいは「この世のバグ技」とも例えられる。
本来なら禁断の行為。

とはいえ発見したところで、すぐにどうなるわけでもない。
生物が相当努力しない限り、何もない。
発見しても全てを操れることを知っても、生物がそれを利用し全てを操ることをするのは難しい。
21世紀人の技術力では到底できないこと。
それに、これが定説となっていない時代の人間に明かしても、誰も真に受けない。
それはわかりきっていること。
即ち生物の精神状態に支障を来す恐れもさほどない。
即ち問題ないと見て、この真実を明かした。

素粒子は当初、神の意識であったわけだ。
心、意識を形成する素粒子がその他の全ての素粒子の親とも解釈できる。
意識による操作が正当な操り方とも捉えられる。
素粒子は森羅万象そのものであり、この世の唯一の材料であり、神の創造法。
それが真実である。

30世紀、人間は科学技術により知力、意識を極限まで高めることができる方法(スピリットコントローリング)を確立し、意識により全てを操れるようになる。
意識を利用せずに操る方法も確立する。
…心配は無用。
何せその時にはこの世のバックアップ方、コピー方、ある地点からのリスタート方なども確立している。
破壊魔がどう足掻いても、この世は守られる。
神(クリーチャー)にもその安全性を認められ、その行為も認められる。

※この真実、お分かり頂けただろうか?
 「想像を越えて驚く」ような人もいることだろう。
 素粒子はこの世における、大きな可能性を秘めた秘密のもの。
 …ここだけの話、30世紀のスピリットコントローリングを利用せずとも、人間は意識により、少々この世を動かすことができる。
 コツをつかむのは簡単ではないが、これは21世紀人にもできること。
 凡人に向けた操作方マニュアルがあるが、それを21世紀人に教えてみたら、どうだろう?
 多少何か、心の救いになるだろうか?




 この世の操作法 
閲覧者の多くは人間だと思われるので、「人間」がやりやすい方法を記載。
動かすコツと言った方が伝わりやすいかもしれない。
神は意識により、この世の全てを操作できる。
生物の意識も神と同じものであるが、生物の能力ではたとえ人間であっても、神のようにこの世を操作することは難しい。
だが、僅かながら操作することはできる。
鍛えることにより、ほんの少し、神に近づくことはできる。
簡単に言うと、意識で念じればいい。
それだけの話だが、何も知らない人間がただ念じるだけでは効果がないに近い。
以下にこの世を動かす「念じ方の方法」を示す。
全てを覚え、実践するのは難しいがそれができるようになると、神に近い存在になれるかもしれない。
神に近い人間、神人を目指せ。
「念じる」は即ち「動かそうとする」こと。また「意識する」こと。
今の対象物そのものをイメージする

対象物を想像した上でそれに対して念じる形よりも、対象物そのものに対して念じる形の方が念が届きやすい。
「今」のそのものに対して呼びかける形だと特に人間はやりやすい。
今の対象物がどこにありどういう状況かは、わからないことが多いだろう。
そういったことは気にせず、対象物の魂に送るように心がければ問題ない。
対象物が「今存在している」ことがわかっているなら情報はそれだけで良い。むしろそれだけの方が念がまとまって良いかもしれない。
それが難しいと感じる場合は、ある程度現状を適当にイメージしても良い。(難しくて上手くできなかったらしかたない)
その場合、間違っているかもしれないことを考慮の上で保険の意識をしておくことを忘れてはならない。
ちなみに実際は今も未来も過去もない。
未来も過去も、今に送る感覚で送る。
それが人間がやりやすい秘訣。
そのように今を今としない場合、本当に効果があるのか疑い深さが出てしまうので、難しめ。
またそうある一時に念じる場合、例えば今に対し念じるなら、今だけではなく、今から未来へ念じる感覚を持つとなお良い。
考えてみればわかる。
今というと、その今の一瞬だけの話になる。
この世は時間の中で展開している。
今から任意の未来までを一体的に見る意識をすることも大事。
「今」の意識を自然とそれにできるようになると良い。
そうしても今の意識であることをある意味忘れてはならない。
これは少々難しいので上手くいかない感じがする場合、無理にそれを実践したりはしない。
動かす対象のものになりきる

自分に動かせるものは自分だけ。
しかし、自分は動かすことができるわけだ。
人は「動かし方」の基本を知覚している。
自分を動かす感覚で、対象物を動かそうとすれば良い。
そのためには、自分が対象物になった気持ちになり、動こうとする。
その際、対象物を自分と照らし合わせるより、重ね合わせる方が良い。
即ち本当になりきる感じ。
念じることによる効果が自分に出るイメージをし、そのイメージを対象物に持っていく。
そして効果を自分と対象物に重ね合わせるイメージにする。
そういう意識方も良い。
どう意識しても構わない。今やりやすいと思う方法で良い。
肝心なのは「手応え」。
手応えをいかに感じられるかが重要。
上手くそういうようにすることができる感覚を身に付けられれば、神に近づける。
自分と同類のもの、即ち生物なら動かしやすい。
「動かせる自分」に近いものだからだ。
だが物でも現象でも動かすことはできる。
生物になりきるのと同じ感覚で、物や現象になりきれば良い。
対象物は本当に何でも良い。
実際は何でも同じ。
生物も物も現象も同一の材料(素粒子)からできているものであるわけだ。
即ち同一のもの。それを理解し意識しておく。
こう動くと念じるのではなく、どうもならないようになると、「守護」を念じるのもあり。
「動かない」もそういう動きに部類されるので、それも「動かす」と同じといえば同じもの。
現在、未来、過去を考慮する

①で言った通り、現在のもの・ことのみならず、未来や過去でも操れる。
過去を操り変えると、変えたことがわからなくなりやすい。
どうにでも操れるので、そこをわかるようにすることもできる。ただし高度。
実際、現在・過去・未来の区別はない。
そんなで過去、未来を操る場合も現在のその対象物(対象事象)を操る感覚を持つと良いわけだ。
時間はいつでも一体。
時間に限らず全ては一体。
だから自分を動かすことができるということは、全てを動かすことができるということ。
全ては一体、即ち自分とも一体であり、同じもの。
凡夫には難しいので、なんとなく理解してもらえれば良い。
絵に描いたものを消したり書き足したりして変えられるように、全ては意識で自在に変えられる。
ただ実際の世界は時間が存在し、それに伴い動いているので、絵のイメージだと操りにくいことが多い。
そのため、時間を考慮したイメージのしかたをすると良い。
そのイメージ方のコツが①で言った今のイメージを未来へ続く連続的なイメージにすること。
ある程度先の未来を操る場合は、それができないので、以下のようにすると良い。
未来、過去のある地点を想像し、それを今に送り込む。
そのある地点があまり今からかけ離れると、どうしても非現実味を感じてしまい、それが邪念となってしまいがちなので注意。
「今に、この先させる動きの指示を記載したプログラムを送り込む」こうイメージすると良い。
プログラムのイメージは、難しいなら動画でも良い。
未来過去を直接動かしてもいいが、人がやる場合、これの方が効いたりする。
本当に操るつもりで強くイメージする

イメージは念。
強くイメージする、強く念を送ることも当然ながら大事。
こうする!と意志を固める。
そして①②を実践しそうなるイメージをしながら対象物そのものを操ってそうしようとする。
「こうしてほしい」と他力に任せる念はいけない。
動き与えるのはあなた。あなたの力。
本当にそうしたいこと、そうなってほしいことだと、本気で念じられるので、まずはそういうことで試してみると良い。
本気になれないことだと、どうしてもいろいろと邪念が入ってしまいがち。
念じる時は、「追い込まれた気持ち」が芽生えている時などを選んでするとまた良い。
言葉に頼りすぎない

人間は意識でこうしようとすると、どうしてもそのことを言葉で言ってしまう。
たとえば体を良くしようとすると、体に対し、良くなれ良くなれ良くなれ…などと言う。
口に出さずとも、無意識に心で言っている。
言葉によってイメージが持てるので、あからさまに悪いとは言えない。
人間の作った「言葉」は、イメージを膨らませるものとして使えると言えばそう。
だがハイレベルな操作を望む場合、言葉に頼りすぎないこと。
神の世界に言葉はない。
言葉よりか、意識で操作する感覚を持つと良い。
言葉はちょっとした補助として用いる程度に抑える。
言葉がイメージよりも前面に出てはいけない。
局所的な念、抽象的な念を念じ別ける

局所的だと効果が効きやすい。
しかし当然、局所的にしか効かない。
抽象的だと各部への効き目は(局所的と比べると)弱いが広範囲に念を送れる。
「上手く使い分ける」と良い。
上手く強く念を送るためには、知力、判断力も重要。
そうなってほしくないシチュエーションはイメージしない。あるいはそれを消去する。

消去というのは、そうイメージをするということ。
「捨て去る」でも「破壊」でも良い。
浮かべたシチュエーションに対し、そうすることで、現実においてその発生を抑止できるかもしれない。
だが消去をしないと逆効果。
さほど気にするほどでもないが、シチュエーションは全般的にイメージすると
ほんのごく僅かながらそれがそうなる念になってしまうことがあり、そうなる可能性が上がる。
一応悪いシチュエーション(そのなってほしくないこと)はあまり意図的には浮かべない方が良い。
消去をイメージすることで逆にそうならない念になる。消去をするなら、浮かべば浮かぶほど良いことになるわけだ。
しかし、逐一消去は大変。
「一瞬で消去できるイメージを確立させておく」と良いが、それでもあまり浮かんでしまうと消去が面倒。
そんなであまり意図的に、明確には浮かべてしまわないようにする。
すると何せ、脳裏に定着してしまう恐れがあるわけだ。
だが具体的に浮かべると、それだけ強く破壊できる。
浮かべる浮かべないの加減は難しい。
だがそこを上手くやることが大事。
自然と浮かんだらあまり気にせず消去という感じでも良いかもしれない。
その消去の際、誤って「良いイメージ」もともに消去してしまったりそこにダメージを与えてしまわないように注意。
そのイメージが多少現実に影響を与えてしまう。
良いイメージと悪いイメージは、そこに重なりあっていることもある。
良いイメージはそこにとどめたり引き付けたりし、悪いイメージはそれだけを取り除くようにする。
上手くそうできるイメージを確立させる。
その他

・意識をする(念を送る)際、人間の持つ固定概念を活かし、何でも良いので何か呪文を唱えながらすると念が強まり良いかもしれない。
 呪文は「意味がわからない言葉」の方が、言葉が意識よりも前面に出にくく、意識に集中でき良いかもしれない。
 言葉が前面に出ないことを上手くできるようになれば、そうしなくても良い。

・弱気になったり面倒だと思ってしまう心、現在の周囲を気にしてしまう心は邪念。
 「邪念をなくす」これを意識しているのも良いだろう。

・全ての邪念を振り払い、精神統一(三昧)をして念を送ると念が強まり、良い。

・人間は神のように万物を自在に動かすことはできないだろう。
 そこまでは難しい。
 上手くやれば多少動かせるというくらい。
 超人でもない限り。
 だが神レベルにできると信じることも大事。
 できると信じる。すると邪念を撃退できる。
 この世の操作法 簡易解説 

今の対象物そのものになりきり、時間を意識し精神統一された強い「意識」で操ろうとする。
↑①↑②↑③↑⑨↑④↑⑤
局所的抽象的を念じ別ける悪いシチュエーションを消去する
↑⑥↑⑦

↑これを肝に命じておくと良い。
その上で手応えをできるだけ感じられるようにする。
これが人間における最善の法。


★ 過去仮説 ★


★ 非妙説 ★

提唱者:管理人 良さ :★★☆☆☆
提唱年:2022年面白さ:★☆☆☆☆

ある程度は奇妙。
粒子世界で別の物理法則が働く理由は述べず。




内容

我々のよく知るもの(相対論)とは別の物理法則(量子論)のもとで動く、奇妙なものであるわけであるが、実はそこまで奇妙ではない。
奇妙な法則(量子もつれ)の真実は以下の通り。

①観測すると位置が確定される理由→観測により目と対象物との間の空間がほんの僅かに揺らぐ。
 これにより素粒子は波の状態から粒の状態になり固形化され、位置が確定されたかのように見える。
②重ね合わせ状態が発生する理由→思い込みであり、実際そのような状態はない。
③瞬間移動する理由→思い込みであり、実際そのようなことは起こっていない。
④トンネル効果が起こる理由→素粒子は濃密ではなく、すき間があり、そこをすり抜けることがある。



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