■ 【第四章:その後】 ■


授業中に色々なことを考えていた。
想像の中に入り込んでいて、ふと気付くと今までの現実での記憶?がなかったり。
想像の世界へと行ってしまえた。
これからのことを考えたりもしていた。
まず自分は子供のままでいたいと思っていた。
成長したら今とは違う自分になってしまうとも思うし。
ではいつまでが子供なのか?
…何かだが、3年生より上の生徒が大人に見えていた。
3年は大人。
5,6年なんて大人“そのもの”。
兄と同学年の生徒らは…うちの学年の生徒らとさほど変わりなく見えていた。
結論:子供なのは2年まで。
“自分は3年にはならない”とし、それ以降のことは考えない方針とした。
大人な3~6年の生徒らは…どうも醜い。
学年だと2年までが子供的な子供。
年齢でいうと…
“10歳”という年齢には凄くビッグなイメージがあった。
10歳以上の人は凄く大きい印象。
その手前となる9歳もだいぶ大きい感じがする。
8歳は…そうでもない。
兄が8歳。
結論:子供なのは8歳まで。
あくまでイメージ。9歳は大人な感じがするのであれ。
なので“自分は9歳にはならない”とし、それ以降のことは考えない方針とした。
学年でいうと2年…年齢でいうと5歳…
2年生は8歳なので…辻褄が合う!
でも3年で8歳の人もいる。
…微妙なラインか?
8歳でも3年というと大きい印象なので…
やはり3年になったらその時点でアウト。
自分は2年まで。
(そう考えたこの時の自分は1年の6歳だったので、人生残り1年と数か月?しかなかった。。
でもこの頃はまだ1年がかなり長く感じていたので、“3年になる時”というのは“遠い未来”だと思えた)


…………………………


?コーロギ病?
それは何なのか?
…何やら、上の方へ行けば行くほど〇〇が薄くなってきて〇〇が苦しくなる模様。
それで〇〇不足でその病気になる人が多い?
自分はならないだろう。
今はあれだが、「子供はしだいにしんどくなって〇〇を〇さなくなってくる」ものなのだとか。
小さな声で親にそう言っていた。
それは…それなら…
何か、彼らは懐中電灯を持っていた。
暗くて足元が見えにくい…
うちも持ってきていれば良かったんだ…
!そう思っていた矢先…
彼らは懐中電灯を自分らに手渡してきた…。
何という救世主。。
「6号目」がどうのとも言っていた。
5号目、6号目…
それも何なのか??
聞き慣れない単語は…何か嫌らしい。
彼らは自分らのことを“子供っち”と呼んでいた。
気付けば彼らと同行することになっていた。
…


…………………………



初めて航空写真を見た時も感動した。
初めて見たのはライブドア地図の航空写真。
どこまでも先が見れる(見たい場所はどこでも見れる)ので感激。見尽くすことができない。
その後Yahoo!やGoogleの地図などでも航空写真が見れることに気付いた。
がやはりライブドアの航空写真が1番鮮明に写っていて良かった。
Googleのが大成長を遂げるとは思わなかった。。
そのうちライブドア地図は閉鎖…。
本で見ることは不可能な凄いことがネットではできている。。




…………………………



見合った仕事とは何か?
気になる職業はやはりクリエイター(創作家)。
でも全て自身で創作している分にはいいが、正式になるのは微妙。
筆者は完璧な理想のものを1つ。作る主義。
“同系統の作品を1つで終わらせるわけにいかない”“誰かと共同で作らないといけない”となると、理想にはならない…。
理想でないのに、そんなもののために考えるのも微妙だ…。
以前作ったものと同じ系統の何かを作る。となった場合、別物の以前の理想と違うものにするのもあれだ…。できない。
全てを自身で作って理想にしたい筆者としては、「特定の何か」しかできないのはあれ。というのもある…。
自由に好きに理想のものを作っているのが1番だ…。
ほかに作った何かと被ってしまっても問題ないし、後々気に食わないところが出てきても修正して理想にできる。
ほかの専門家にやらせないといけないようなところも全て自作できる。
1番価値的。理想を作れるのだから。
正式に公にする(世に出す)ようなもの?は作れない。
…
1番価値的な仕事とは何なのか…?
何だろうか…?
昔から“やってみたい仕事”はありすぎて困るくらい…
そういうのも困るもの。
1番やってみたいと思うのはクリエイター系だ…。
そうでもやはりクリエイターをやってみたい。
やるとしたら、“完璧な理想を作る”とかでなく、他人の意見により何かを妥協したり、多少気を抜いたりする必要がある…。
少なからずそうする必要がある時がある…。
予め方針で、作ろうとした自分の理想でないものを作ろうとした時なら、それが理想の形なので良い。
でもそれだとあまりたいしたものにならず、作りがいがない気がしてしまう…。
全く同じようなネタを再度使えなくなる可能性が高いのもやはり問題だ…。
まあ「やってみないと分からないのかもしれなく」もある…。
ゲームクリエイターなどは特にだめかと。
自分のやり方からして…
そういう感じ。それで微妙。

でもどうか?
ここで憧れる職業を挙げて1つ1つ考察していく。
全部を挙げるとなると物凄い数になってしまうので挙げるのは“非常に良さげなもの”のみ。
見えるものはあるか?
1つ選ぶとしたらどれがいいのか?その結論は出るか?
ちなみに「年齢からしてもうだめだから却下」みたいな嫌なことはしないこととします。
読者のあなたならそうするかもしれませんが、自分はそうしません。
小学校の頃の視点で考察していくこととする。
あと単純に「生きていければいい」「現金が欲しい」とは思わないので、収入のことなどはほぼ視野に入れません。
読者のあなたならそう思うかもしれませんが、自分はそう思いません。

候補考察
ゲームクリエイター前述の通り、完璧な理想系のゲームを1つ作る主義の自分としては何か引く。 しかもゲームはあまり役立つものではない。 やはり考えてみるとゲームは作るなら趣味で作りたいと思う。 想像したものを実際に作るのではなく 画面上に作る形なので想像したそのままに近い形で形にできるのは1つのポイント。 でも実際に作られないわけだ。それは良い点なのか?一応良い点ということで。
建築士想像したものを画面上ではなく、実際に形にできる。 だが、そうなると想像したものを形にする上でクリエイター以上に制限がかかる。 知恵やテクニックもクリエイターよりかは活用できなさそう。即ち何か引く。
CGデザイナーほとんどの職業がそうだろうが、なかなか自分の作りたいものを作れないかもしれない。 CGを作るだけでは物足りなくもある。 即ち何か引く。
その他のデザイナー系 (インテリアデザイナー,ウェブデザイナー, キャラクターデザイナー,プロダクトデザイナーなど)デザインを考えたりするだけでは、偉大な功績を残せなさそう。 即ち何か引く。
芸術家(画家など)自分にはもっと高度なことができる。 即ち何か引く。 副業としてやるくらいなら良いかもしれないがでも固有の作品に値段をつけたいとは思えない。
小説家ゲームなどの場合は1人で全て作るものではないので、 ある程度他者に任せることになるが、これは1人でほぼ全てを作り上げることができる。 人に作らせたら自分の理想の形にはならないが、自分で作れば理想の形になる。 全て作れるということは全て理想形にできる。 その代わり、全てといっても小説というのはそもそも文字だけの作品。 完成度の低いもの。 想像して文字を書くだけでは自分の力を燃焼し切れない。 即ち何か引く。
脚本家指定されたものを作るより、作るものを考える立場(この職業などが該当がする)の方が良い。 …だがやはりそれと同時に作る側もやりたい。 これはそれができない。即ち何か引く。 その両方を兼ねることができると良い。 これは小説家よりも良いかと思いきや、内容の変更を余儀なくされることがよくあるようで…でもない。
物理学者タイムマシン、ワープマシンなどが作りたい。 もし作れたら「この上なく最高」だが、あまり結果を出せない可能性が高い。 結果を出せなかった場合、無駄なことばかりしたことになる。 “最高の功績を残せる可能性を秘めている”のはこれだが、 これは一か八かになる上、さすがにレベルが高すぎる感がある。 その上前提としてやることが多すぎる。 その他のことを掛け持ちして何かするのは厳しめ。 即ち何か引く。
発明家発明のネタは限りなくある。 ヒット商品をなかなか生み出せなくとも、想像した様々なものを作り生み出したことになる。 大きな功績を残せる可能性を秘めている。 試作品を作る上でかなり力を活用できる。 例の何か引く要素はというと・・・特になし。
結論:発明家 ゲームクリエイターか建築士になるものだとばかり思っていた。。 意外な結果に。 …やはり間違わないようにするためにはよく考えてみる必要がある。 しかもそれは小学校ではなく、今の視点で見てもいけそう。 ということで、(最終的には)それを目指していきたいと思いま… いや、ここまで書いておいて難だが、個人営業というのがあった。 テクノステーション事務所を作り、そこで働くのが最も良い。 自分で独自の職業を作ることも可能。 ちなみにネット上の人曰く、自分は馬鹿すぎて何の才能も能力もないので頭も体も何も使わない仕事が向いているという。 というかできればこの世から消えるのが最も良い模様。 余談:芸術家=アーティスト、小説家は作家、物理学者は科学者の一種、 科学者は研究者の一種、候補↑の大半がクリエイターの類 自分は通常の人間の生き方をしてこなかった人間。 もうこうなると、このまま誰もしていない生き方をしてみたいと思う。 普通の経歴を一切持つことなく生きて、ビッグになる。 新たな人間像を開拓し、自分はそのモデルになる。 それが夢。 常識の範囲から外れていていい。 ひたすら無駄なことをせず、省エネに生きて、できる限り「時間」を「創作」に割り当てる。 学歴職歴国の社会システム社会制度現在の一般常識一般認識人の定めた概念固定概念… そういうものに捕らわれて余計なことに時間と労力を裂いたり、発想や行動の範囲を限定しているのはある意味馬鹿らしい。 当然ならが社会に準じていかないとできないこともある。そういうことは社会がだめだと認識し、見切る。 だが身近な人がそれを許すことはないだろう。 そのため身近な人を排除するか失踪しないといけない。 それは現実的ではない。 妨害され、行動を制限される中でできることをやっていかないといけない。 これだからこの世界はなかなか進歩しない。 反対され妨害されながらも夢を叶えたい。 ある程度押し切っていけたら、わかってもらえるだろう。


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