◆ 生きる意味 ◆



生きる意味とは何か?
生物が生きる意味…それは食べて、食べられて…生物が生き続けている状態をいつまでも維持し続けること。
子孫を残し、命を繋いでいくこと。
なぜ生物が生きている(存在している)状態にしておかなければならないのか?
それは謎。
この世が存在していること自体が謎である限り、謎は謎。
答えを出すことはできないので、このことに関してここでこれ以上追求することはしない。
ともかく、生物は存在している状態にしておかなければならない。
なので本能的に存在し続けようとしている。
生きる意味とは生物を生かし続けること。
我々も生物。生きている必要がある。なので皆生きようとする。
食べて、食べられて、子孫を残し、生き続けるのだ。
全般的に生物が生きる意味とはそれ。
本能の赴くままの生きる生き方で生物は生きる。
だが、「人間」だけは異なる。
人間は極端に脳が発達しているため、その発達した脳により、様々な「生きる意味」を見出した上で、独自の生きる意味を見出した。
本来、生物が生きる意味とは生物を生かし続けることだが、そこから脱線してしまったと言えよう。
生きるため、人は働きながら便利で暮らしやすくより幸福な人生を歩める世の中を作り続けてきた。
その過程で人はあらゆることに対してルールを定め、ルールに従いながら生きてきた。(「常識」もルール)
土地を仕切り、その仕切った土地を更に更に更に仕切り…
人の団体が区分けされ、その区分けされた団体が更に更に更に区分けされ…
土地やルールを巡って争われ、良いとされる形へと変わっていき…
そうしてきた結果、今現在の世の中が形作られた。
まだまだ発展途上。これからも高みを目指して変わっていく。
つまりは生きる上での理想を目指し、そうしてきたわけだ。 人々は昔から理想の世界を作ろうとし続けてきた。
より高みを目指し続けてきた。
この世界をより理想的な世界にすることが「人間」の目的とも言える。
脳ある「人間」の目的は「生きること」を超越し、それよりか「世界をより理想的な世界にすること」が目的となった。
世界を何でもできる究極のユートピア、極限文明世界にすることが、人間の目標。
達成できない目標。
そこに近付くために前進し続ける。
こんなことをして何の意味があるのか?
それはわからない。
そもそも生物(人間含む)が生きる意味とは、生き続けること。
無駄なことをし続けているだけ、人間のしていることは全て無意味とも言える。
ただ、無意味だろうと何だろうとともかく「生きる上で人間のすべきこと」は理想の世界を作ること。
理想の世界を作ることに意味がある。
人間の定めた生きる意味はそれだ!

だが事実上そうなっているにも関わらず、それをわかっていない人間が多い。
人間は皆、理想郷((理想世界)作りやっているが、知らず知らずやっているケースがほとんどかもしれない。
理想の世界を作るというスローガンのもとで生きる生き方をすべきだが、
具体的にそう教わることはないがために人として無駄のことをしがちになっている。
生きる意味に迷い、生き方に迷い、悩み、苦しい想いもするはめになっている。
「理想の世界を作ることが人間のすべきこと」だという事実をできる限り多くの人に常識として教えるべきなのです。
幸福で無駄のない生きやすい理想の世界にするためにも教えるべき。
世界中に広めるべき。
世界中の人が意図して理想郷作りに励めばこの世界はすぐに最高の理想郷になるだろう。
極限未来世界に至るまでの道のりも狭まる。
具体的に理想郷作りとは何か?どうしたらいいのか?
というと、仕事をして働けば良い。
「働く」ことは、「便利で暮らしやすくより幸福な人生を歩める世の中」(理想の世界)を作ることに等しい。
仕事をするということは、理想の世界を作ろうとする大団体の従業員の一員として何かやること。
働けばお金を稼げる。「お金を稼げばいい」とも言える。
理想の世界を作ること=働くこと=お金を稼ぐこと。
だが最もな目的を「お金を稼ぐこと」、「自分の一族が幸せになること」とせず、
理想の世界を作ること(それに精力を尽くす)を意識して頑張る生き方こそが
「人間」として望ましく、誇らしい生き方であろう。
現状、「お金」は「誰しもを理想郷作りの担い手とするための道具」となっているが、それではいけない。
人間のほとんどの行いは理想の世界を作ることへと結びつく。
だが本当に誇らしいことというのは商品を開発したり、物を作ったり、研究したり発明したりして“より直接的に”それを行うこと。
「理想の世界を作ること」が人間の目的だということを広めれば、より直接的にそれを行ってくれる人が増えるだろう。
生きないと何もできない。そういう意味での生きること、働き手となる人間を作ることも大事になる。
「喜びを感じるために生きる」とよく言われるが、おそらくそれは違う。
「喜び」という感情がないと生きる気力が湧かず、生きるのが酷。
喜びは生きれるようにするために備わっている感情。
生きるために喜ぶのだ。
喜びを感じたところで結局は何がどうということはない。
感情とは面白味を添えるためにあるもの。
「生きる意味」「この世の理想」「人間の目的」「人間の生きる道」「事実」「真実」を指図した。
「理想の世界を作ること」をしていこう。
この教えを広めよう。

※もし、異論があるならどうぞ。こういう書き方をしていますが押しつけではありません。


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