三 ● 管理人 ● 三

この世で随一の珍人?である管理人のプロフィール(詳細情報)。
長々と記載。
ビビられ、引かれるだろう。
もっと言うと、こんなものではない。
常識外、ほかに例を見ない、現時点で人間が定めたことに当てはまらない、通常とは逆、誤解され続ける、軽視され続ける…
「今生きている人間(75億人)の中で、最も驚くべし人間」かもしれない…そんな存在。

得意なことありとあらゆること(何が得意とかない)
好きなことありとあらゆること(何が好きとかない)
苦手なことほぼなし(何が苦手とかない)
趣味ありとあらゆること 1つ選ぶ(尚且つ大まかに言う)とすると、「創作」。次点は「考案(空想)
好きなキャラクターいろいろ 1つ選ぶとすると、「キングプランターズ」(オリジナルゲームキャラ)
好きな映画いろいろ 1つ選ぶとすると、「星の世界」(いずれ公開されるオリジナル映画)
好きな本いろいろ 1つ選ぶとすると、「自分の始まり、成り立ち」(オリジナル小説)
好きな場所いろいろ 1つ選ぶとすると、「極楽ホール」(未来の極限娯楽地)



 人生の目的・夢 

ドリームライフシティ、プラネットシティ他数十種類のオリジナル計画都市を作る…
近未来な森の家を始めとした理想のマイホームを建てる…
メルヘンピラミッドを始めとしたオリジナルマンションを建てる…
テクノモールを始めとしたオリジナル商業施設を建てる…
イマジネーションワールドを始めとしたオリジナル遊園地を作る…
芸術立体都市、ハイテクシティ他数十種類のオリジナル未来都市を作る…
スーパードンキーコング4、星の世界他数十種類のオリジナルゲームを作る…
巨大イバラ、オーロラカーテン他数十種類のオリジナルゲーム関連商品作る…
天空王国、虹王国他数百種類のイラストを本格的に描く…
星の広場、光の森他数百種類の3DCG作品を作る…
大自然の生命力、思い出他数百種類の曲を作曲する…
宇宙の旅、星の世界他数十種類の小説を書く…
書いた小説を映画化、DVD化する…
焼きたてプリンパン、焼きたてシュークリームクッキー他数十種類のオリジナル食品を作る…
都心市街地写真集、白黒者写真集を始めとした写真集を本格的に作る…
ゴッドドラゴン、キングプランター他数百種類のオリジナルフィギュアを作る…
わたあめしつじ、マシュマロブタ他数百種類のオリジナル人形を作る…
スタージェネレーション、エターナルフリーダー他数十種類のオリジナルゲーム機を作る…
未来オブジェを始めとしたインテリアを作る…
理想の社会を作る…
タイムマシン、ワープマシン他数百種類の文明道具を発明する…
火炎花、水蓄花他数十種類のオリジナル植物を生み出す…
別の人生を歩んでみる…(要ハイテク技術)
過去を見る…(要タイムマシン)
未来を知る…(要タイムマシン)
地球外文明を知る…(要ハイテク宇宙船)
宇宙の始まりを知る…(要ハイテク技術)
この世を知る…w(要ハイテク技術)
etc.
大まかに言うと、「作りたいもの全て」作る。
それが管理人の目指し続けていること(目的)であり、最大の夢である。
どれか1つに絞るのでは、(人生規模の意味合いで)夢を叶えたとは言いがたい。
目的は達成できない、夢は叶えられない。
「全て作るなど無理だから」と、そういうことは夢と認識することすらない人ばかりだろう。
だが当方それを認識。
その上で、その夢を叶えることができる方法を見いだした。
その方法とは、空想。
空想上で作り上げるのだ。
題して「空想創作」。
「…そんなで叶えた気になるとか馬鹿らしい」と思われたはず。
誰しもがそう思うでしょうから。貴方もそうでしょう。
個人的には「無数にある」はずの夢を1つに絞り、その1つに全てを捧げることの方があれだと(馬鹿らしいと)思う。
いつかわかってもらえる日が来てほしい。
皆1つの常識にとらわれているから、つまらない。変わらない。
空想が実世界にも及んで?くれたら、喜ばしい。
空想が実世界(世)に影響を与え、空想(自らの行い)により未来を変えられたら…
それにより、世界を誰しもが思い描くような理想の未来世界へと導けたら…喜ばしい。
それはそこまでも強く願っていること(強く掲げる夢)ではない。
厳しいと思われ、そうできる期待は持てないので。
そこまで欲張りはしない。
軽い気持ちでそう思っている感じ。
皆のように、単に金を手にしたいとは思わない。
一般的に金をもらえるようなことをしても、金は手にしないのが理想。
なぜって、金をもらうということは、誰かから金を取るということ。
金を払う側の人に悪いことをするor躊躇される。
だから金は手にしないのが理想。
単純なことだと思うが、この世の中では誰もそう思う人がいない。一般的価値観に洗脳されていて。
あと仮想創作。
空想したもの、調査したものなどをまとめたデータの創作。
「いくら時間があっても足りないほどに」やり応えがある。
もととなる題材(空想など)の創作がそうであるため、当然。
1日の時間をできる限りそれに費やして生き続けてみることも夢。
どうしても(儚くも)人に構われ、1日のほとんどの時間を失ってしまうのが現状。
当方通常の人間の生き方をしてこなかった人間。
もうこうなると、このまま誰もしていない生き方をしてみたいと思う。
普通の経歴を一切持つことなく生きて、ビッグになる。
新たな人間像を開拓し、そのモデルになる。
それが大きな夢。(大きすぎるので、これも叶うことを期待したりはしていない)
常識の範囲から外れていていい。
夢の自由の身なら、ひたすら無駄なことをせず、省エネに生きて、できる限り「時間」を「創作」に割り当てる。
また工夫してそれができる時間を長く持てるようにする。
学歴職歴国の社会システム社会制度現在の一般常識一般認識人の定めた概念固定概念そういうものにとらわれて余計なことに時間と労力を割いたり、
発想や行動の範囲を限定しているのはある意味馬鹿らしい。
当然ながら社会に準じていかないとできないこともある。そういうことは社会がだめだと認識し、見切る。
だが身近な人がそれを許すことはないだろう。
そのため身近な人を排除するか失踪しないとしないといけない。
それは現実的ではない。
妨害され、行動を制限される中でできることをやっていかないといけない。
これだからこの世界はなかなか進歩しない。
反対され妨害されながらも夢を叶えたい。
ある程度押し切っていけたら、わかってもらえるだろう。(押し切るのは恐ろしく難しい身)
こういった考えは誰しもが批判否定批難するでしょうから当然、悪いことをするなと思う気持ちはある。
悪く言われ続け1000人中1000人から悪口言われ、そういう気持ちが芽生えないはずはない。
自分の考えが良いものだと信じている気でいても、その外圧によってどうしても疑わしさが出てくる。
悪いとしても、誰に危害を与えるわけでもない。そういう悪いことではない。
外圧を押し退けて、信じることを信じ、目指すことを目指していくことで、ビッグになれるのではないかと思う。
そのことも信じる。
新しいことを生み出す際は、必ずそういった批判される過程がある。
当たりにしろ外れにしろ、そこを潜り抜けなければ何もなくて終わってしまう。
皆、人生の目的・夢には「金」「仕事」「社会」が絡んでいると思うが、管理人の場合、それらは絡まない。
金、仕事しか脳がない凡人の皆々様。
それが何だと言う?
社会で仕事し金を手に入れる…それもそれでそれが何?
誰しもが揃いに揃ってそれ(社会で仕事し金を手にする)こそが
「偉いこと良いこと称えるべきこと認めるべきこと誇らしいこと成功と見なすこと」と認識し、全ての人間にそれを押し付けてくる。
金を手にすること。それが何のためになり、世のための何だという?
その行動が何?
生ある人全員にそうさせることでどうなる?
答えられたとしても、その答えの答えはある?
よくわからないし曖昧なら、金・仕事・社会に異常に拘らなくても、何でも良いでしょう。
洗脳されわけもわからず、あからさまに批判しないでほしい。

全てを作る・生み出す(全ての夢を叶える)ことが夢で、その夢は叶えられる。
叶わぬ夢はない。
ある?(世に影響を与え未来を変える・新たな人間像を開拓しそのモデルになる…が無理そう)
全てを叶えられない?
…そんなことはない。
それも空想上で叶えられる。

(危険なことを言ってしまった)



 職業 

空想創作家
未来開拓家
仮想創作家
哲学者
思想家
小説家
写真家
レビュアー
イラストレーター
作曲家
作詞家
詩人
3DCGクリエイター
ゲームクリエイター
コピーライター
ドッター
アイコンクリエイター
図面クリエイター
ロゴリエイター
アニメーション画像制作家

「この社会でその地位を手にした」などということはない。
でも間違いではない。
「自分自身の中で」そうなれる。
そう名乗ればそういうことになる。
オリジナルの職業に就く(就いたことにする)のもあり。
空想しだいで誰でも何にでもなれるし、何でもできる。
「…馬鹿らしい」とそう思われたはず。
こういった普通でないことは誰しもが悪く思う。



 幸福 

何かを「使う(やる・見る)側」でいるよりも、「使われるもの作る側(生み出す側・与える側)」でいることが幸福。
どちら側も良くやれて面白いが、作る方がより面白い。
なぜって、まずそちらの方が「自由度」が高い。
「やる側」でいる場合、ああしたい、こうしたい、どうしたい、ここがこうだったら、理想と違う…などと思うことばかり。
(誰もわかっていないが)幼い頃からそう。
その(やる)ものの中でオリジナルの世界を構築していく中でも、不満が出てくる。
どうしても「やれることが限られる」から。
制限はない方がいい。自由度は高ければ高いほど面白い。
そう思う。ずっとそう思い続けてきた。
当方オリジナルを生む能力に長け、「オリジナル」を好む存在。自由度が高いとオリジナルの幅は広がる。
それに対し、「作る側」の場合、自由度無限大。
まさに自分の中の理想を生み出せ、「夢」のよう。
不満はなく、凄まじく面白い。
面白いだけではない。
作ればそれを使ってくれる人がいる。
即ち誰かのために良いことができる。
そのことを思うと、凄まじい熱意が湧くし、よりいっそう面白いとも思える。
しかも(自分で言うのも難だが)作ること(創作)に見合った能力を兼ね備えているため、「できて」さらによりいっそう面白い。
面白い=幸福。
あと(面白いどうこうではなく)作る側でいないともったいない。
能力を持ち腐らせたくない。
人の作ったものを遊びでやっていても、「それに時間を割いている=能力を持ち腐らせている」ように思え、今や心が焦る一方。
以前はそういう気持ちが芽生えるようなことはなかった。
「作る側がどうこう」とそういったことを考えることはあまりなかったので。
で「人の作ったもの」を懸命にやり、ひたすらそれに時間を費やしていた。
馬鹿馬鹿しかったと思う。
凡人と同じだった。
自分自身に備わっている能力の使い道を誤っていた。
やる側ではない。
楽しむのではなく、楽しませる。喜ぶのではなく、喜ばせる。見るのではなく、見せる。
当方それに適した人間。
成人後にようやくはっきりと気づいた。
…そのことに。
でそうすることを目指すようになった。
でもこう思えるようになったのは、それに時間を費やす時期があったからこそ。
なので、あからさまに「いけなかった」とは思わない。
でも費やしすぎた感がある。
もっと早く、そのことに気づきたかった。
事情↓に記載した通り、自分の理解者は0ですから、その点からしても、いてもたってもいられない。
そんなこのままでは終われないから。
理解させるためには、「能力を極力持て余すことなく使って」活動していかないといけない。活動が必須。
活動可能な時は常時そういった活動を止めてはいけない。
そうしていないと焦る一方で、心も休まらない。
常時焦っている。だがこの焦りがなくなってはいけない。
少なくとも理解者が現れるまでは。
まあそれまでに、それがなくなるはずもない。
(誰もわかっていないが)娯楽を楽しんだり暇潰ししたりゆっくりしたりwしている場合ではない。
普通に、遊ぶべき人でもないし。
創作も、しだいに高みを目指すようになり、過去の作品が(案そのものも)微妙に思えるようになっていく。
突き詰めていくと、何かを生み出して(創作して)も「材料が誰かの作ったもの」であると良くない。
オリジナル色が薄いから。
何の影響も受けていない、誰が考えた要素もないオリジナルのものほど偉大な作品だと思う。
凄いと思える、そういうものだと思う。
自分の好むものは、求めているものはそれ。
だが誰も作ってもいない材料というのはあまりない。
「自然界にある天然のもの」だけになる。
物ではなく技術なども人が作ったものだと良くない。
あれもこれもすでに人のやっている技術。
被ってしまってもオリジナルとは言いがたい。
社会も典型的な人の作ったもの。
日本語の言葉を使っていることも良くないと思える。(これは日々思うこと)
言語はれっきとした「人の作ったもの」。
というか、自然も神?が作ったもの。
「人の作ったもの」に該当しない、自然とも関係のない何でもない「完全に淳なオリジナルのもの」それが、究極に作りたいもの。
そして、それの表現には言語を使いたくない。
(凡人の貴方→疑問を浮かべ、馬鹿にした。終わり)
ともかく、管理人の主なる幸福は創作。
…それ以上のものもあるが。
夢が叶ったなら、それが何よりもの幸福。当然。
あらゆる夢(人生の夢・目的↑参照)を叶え、歩み行く人生に幸福を添えたい。
悟りを開けたなら、それ以上に幸福かもしれない。



 能力 

誰よりも高水準。
ありとあらゆる分野においてそう。
少なくとも「身近な人達」の中では。
認知力、把握能力、知識…
何を言おうと↑違いない。
自分(=管理人)の見えているもの、聞こえていることが確かな限り。
もし身近な人達(=知人)の方が上だとすると、知人は自分の前で常に力を隠し、能力の低い人を演じている…
または自分の見えている知人の姿や声、知人の残す形跡などは幻想ということになる。
そんなことがありますか?ありえないでしょう。
ネット上の人なら絶対知人の方が能力が上だと言うでしょうが、残念ながらそれは違う。
残念ながらどう足掻いても知人を持ち上げることはできません。
だから自信がある。
自信がある素振りなどしていません。断じてしていません。
ネット上の人は「自信があるはずない」と思うようですが、これ↑が事実です。
嘘ではありません。
知人には1年かかっても分からない機械やゲームの仕組みを自分は1分足らずで把握できたり、
知人には一生かかってもできないパズルや何か組み立てるものなどを自分は3分で完成させられたり、
知人が把握できない地図を自分は瞬時に把握できたり、
知人がどうあがいても描くことができない細かい絵や立体感のある絵を自分は意図も簡単に描けたり、
(↑自分の絵は糞。そんなのおかしい嘘ではありません。
 知人は現に普通書けないような凄い絵だと散々言っていました。幻ではありません)
知人にはできない(目視することすらできないような)細かい作業が自分にはできたり、
知人が忘れていることを自分は正確に覚えていたり、
(「これまでの全てを覚えている」とは言っておりません。全てを覚えている人間など人間ではありません)
知人がまず直せない壊れたものや不具合を自分は直せたり、
知人が一言二言でしか書き表せないことを自分はその100倍のスケールで書き表せたり、
知人が忘れていることを覚えていたり、
知人には到底思いつかないようなことが自分には思い付き、良い様にできたり、
知人がちゃんとできないことを自分はちゃんと(100%まで)できたり、
知人の気づかないことに自分は気づいたり、
知人の分からない原因が自分には即分かったり、
知人は数字の意味が分からなかったり突発的に単純な計算ができなかったりするが自分はそんなことはなかったり、
知人が20年見続けていても覚えていないことを、自分は20年前から覚えていたり、
(↑そんなことはおかしい嘘ではありません。
 生き物の行動パターンや町の風景など毎日見ていてもいつまでも覚えていなかったりします)
知人には原因や要因が分からず良し悪しの判断がつかないようなことを、自分は容易に判断できたり、
知人はある類のことを覚えよう把握しようとして奮闘してもいつまでもそれができなかったりするが
自分は覚えようとすらしなくても短期間でそのことを覚えて把握できていたり、
知人は1つのことを覚えるのに1週間かかったりしますが自分は1日で10個以上のことを覚えられたり、
知人が勉強したり研究したりしないとわからないことを自分はそんなことをするまでもなく即座にわかったり、
知人は家具や物などをきっちり整えることができないが自分にはできたり、
知人が絶対できないと思っていることの数々を自分は絶対できたり、
知人が人の助けを借りないと無理なことを自分は誰の手も必要とせずにできたり、
知人は1つ1つの動作が苦だったりするが自分は全くそんなことがなかったり、
知人は完璧にできないのに自分は色々完璧にできたり、
知人には到底作れないようなものを作れたり、
知人が「知らない、分からない、できない」と言っていることを自分は恐ろしく詳しく知っていたり、分かったり、できたり、
知人は記憶と記憶が結び付かなかったり記憶が出てこなかったりで真実とはかけ離れたことを思っていたりするが自分はそういうことがなかったり、
知人は明らかでないことを明らかと思ったりするが自分はそういうことがなっかたり、
知人と違って色々幅広く、色々楽しめたり、自分は学習できたり、覚えられたり、何が良いか?何がだめか?判断がついて最善の形がとれたり、
知人は嘘を言ったり各発言が結び付いていなかったり決めつけたり受け入れようとしなかったり
知ったかぶったりまやかしたりするが自分はそういうことはしなかったり、
知人は都合よく色々忘れて自分という自分を美化したりするが自分はそんなことはなかったり、
知人は色々おかしなことになっていても、自分はそうでもなかったりetc.
挙げていったら切りがありません。根本的に違う。身体的なことに関しても色々ある。
1度そう思ったことがある←ではなくて、「知人といると四六時中そういうことを思う」。
だのに知人は皆自身の方が上だと思い、上から目線の先生気取りでいるという…
自分の方が劣っていると 感じる ことは、もうほぼない。
とはいっても自分は超人とも思わない。
何というか知人とは考え方や力の注ぎ方が違うだけ。
超越した能力や特殊能力のようなものは何もない。
各分野ごとにおいて自分よりできる人がこの世には大勢いるということは分かっています。
「あらゆること」ではなくても、できる人は自分と同じような感覚で何かできたりする。
ただできない人はできない。感覚の違い?
自分の身近な場所にはできる類の人、自分のような把握力のある人がいない。
言ってること、分かりませんか?
分からない人は他人のことを良く見ていないか、同類の仲間としか関わらない人ではないですか?
できる人はできる、できない人はできない。
同じ人間でも信じられないほど差があるケースは良くあります。
世代や性別によっても大きく違います。分かりませんか?
良くあるのでおかしいことではありません。知的障害者とはなりません。
おかしいと言うことの方がおかしいです。
理解していないといけない。
自分の知人の中には自分とは世代や性別の違う人が大勢います。
もし身の回りに自分以上の(自分には敵わないと思えるような)人が現れたら、心境がかなり変わる。
自分は馬鹿にされているので、「適当に根拠もなく何となく想像で自分は有能だと思っているのだろう」
はたまた「何か1つの馬鹿げたことを根に持って自分は有能だと思っているのだろう」なんて思われますが、大間違いです。
なぜか訳もなく自分は有能だと思うはずありません。そんなはずありません。
繰り返し言います。そんなはずありません。
自分は自分という人間を誰とも照らし合わせていないからそう思っているでもありません。
「比較対象になる人間」がいるからそう思うようになったわけです。(当然)
自分と比較できる自分以外の人間の存在なくして有能と思うはずない。
本当に、人に思われることは訳がわからない。
自分は知人に様々なこと教え、知人を成長させることができる。
「超」がつくほど優良なサポーターにもなれる。(本気で言っています)
知人を見ていれば見ているほど、自分が非常に有○だということを実感する。
もう次元が違う。
生きる世界が違うレベルの差があり、付き合いながら生きていかないといけないことが苦。
それだと知人よりも上の境地に移行できない。
(誰にも理解してもらえないので、何とかして皆に理解させようとし、ヒートアップして若干危険なことを書くまでしてしまいました。
 人を貶す、心ない糞人間確定?もはや人間ですらない?
 ↑とある個人に対して言っているわけではないので容赦範囲内だと思いますが。
 そんなことを言う人の方が心がないように思えます。
 他人を思いきり貶しているのは誰ですか?
 知人を擁護する正義にも見えません。
 もしそんな心が無の人間なら人のことなど気にせず、何にも動じず、今の現状はなかったでしょう。
 ネット上の人によく思われるような心のない人間なら、ある意味楽。
 密かに深刻な気持ちになってしまうようなこともないだろう。
 真実の自分は、誰しもが想い描く想像上の自分とは違う)
こう言っても何を言ってもネット上の人は全部嘘だとし、知人の方が上ということにするのだろう。(ですね)
自分が悪くなるようなことは一言で認められるのに、自分が優位になることはどうしたって認められない世界。
それがネット。
(おかしい嘘などと言う人、本当のことですから、自分だけでなく予期せず自ら知人に失礼なことを言ってしまっています。
 ネット上の人には「自分はおかしい、嘘を言う、自分の言ったことならかってな解釈をして思いきり貶していい」
 という固定概念があるように思いますが、そんな自分ではなく知人に言ってしまっている。
 そういうケースはわりと良くある)
嘘を言う意味がない。
嘘を言ったら意味がない。
能力が低い人は能力が低いことが分からず、自信満々でいるもの?
本当に能力が低いがために自信なしの人(実際に能力の低いのに自信がない人)なども明らかに大勢いますが、ならそういう人との違いは何か?
自信があることは即ちできないことになりますか?
自分がそれなら、知人らは何なのか?
色々疑問です。
知人を擁護する必要はない。
何がどうあろうと、悪いことにされるのは「自分」。
貴方もそうしているでしょう。
自分は悪を寄せ付ける磁石で、悪の塊。
ともかくいろいろ「できない」とかってに思われるが、実際、自分はできないことがなさすぎて何というか「できない」の意味がわからない。
「できるようにやればいい」←だけの話。
本当に簡単なこと。なのにかってに重く見られてしまう。
できない人のできない感じはよくわからない。
できない障害者の感覚などもわからない。
自分は「自信がない気弱貧弱…」ではない。
全くそんなではない。
「できることはできるとわかっている」から、あらゆることを認識していて想定積みだから、「不安」とかも皆無。
できない証拠もないのに、自分は現状とにかくできないわからない糞だと思い込み、そう言い続けているなら、
そうだと自覚させさる(明白にする)ことをしてみればいい。
そうしたらこちらではなくて、そちらの方が誤解を自覚することになります。



 事情 

当方凡人ならぬ珍人。
この世の誰も経験していない生き方をしてきた人間。
どんな生き方か?どんな人間か?推測しても無駄。
誰がどんなに推測しても大ハズレでしょう。
常識外、前例もなく他にいない、誰も予想できない、そんなもの。
この世界とは異なる物理法則の働く世界を人間が把握できず、何も推測できないのと同じ。誰も推測できない。
そんな自分自身のことが人を引き付けることができる管理人最大のネタ…ですが、にも関わらずそのことには言及しない。
「有名人になれること間違いなし」のネタ所持者(珍人)。
当サイト内では真相がわかってしまいそうなことは、あたかも真っ当に生きてきたかのような表現をし、バレないようにカモフラージュしています。
あくまでカモフラージュ。嘘は言っておりません。
ご了承ください。
これだけは伝えられる↓

誰も自分を知らない。毎日見てきた人も知らない。
普通に人間と思われない。
今産まれた人間のように思われる。
この世に理解者0。誰1人として誰にも理解されていない。
毎日見ている人よりも、見ず知らずの人の方が断然理解がある。
知ることを教わり続ける。できることの訓練をし続ける。
ほぼ全てのことを大きく誤解され、全く無意味なことをされ続ける。
逆のことを思われ、逆のことをされ続ける。相手からすると、こちらが逆のことをし続けている。
勉強を人から教わることはほぼ一切していない。

現在においても変わらず珍人。
通常人間がしていることをしていない(とされる)。
「通常の人間の常識」は通用しない人間。



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